『私たちが通ったアメリカの学校ー小・中・高校フィールドワーク』(2011年自費出版,ISBN 978-4-901242-95-0)本書に描かれたのはアメリカの普通の公立学校の生活.あれから早10年・・・みんな元気にしているかな?学校はどうなっているだろう.2012年3月コロラドの春の日射しの中で『私たちの学校の今』を見つける旅が始まった.アメリカ庶民の素顔に迫る写真満載の続編スタート.Time goes by fast!

2012年11月9日金曜日

4 more years!!

 アメリカの大統領選挙が終わりました。わがColoradoは接戦州の一つで、僅差の勝負(オバマ: 51.2%、ロムニー:46.5%)となりました。本書と本ブログの主要登場人物であるG家の面々、この選挙でも相変わらず元気で精力的です。
 
 G家はメキシコからアメリカへの移民ですが、アメリカ生まれのBさん、Cさんには選挙権があります(アメリカ生まれのアメリカ国籍保持者)。ふたりとも早々と投票を済ませました。CさんはFacebookに「私の初めての選挙!!」と興奮した様子で書き込んでいます。のんびり屋でめんどくさがり屋のBさんも、鼻息荒く(笑)いの一番に書き込みました。
「私はなんでも物事を先延ばしにする方 (I know I'm a procrastinator)だけど、ちゃんと投票してきたわよ!」
 えらい!!確かにアメリカの選挙って、ちょっと面倒なんですよね。日本では20才になれば、家に投票券が送られてきます(住民登録してあれば)。アメリカでは、自分で選挙人登録をしなくてはなりません。投票したければ、投票日1ヶ月くらい前(州によって多少異なる)までに、自分できちんと手続きをする必要があります。家でのんびり待っていても選挙はできません。本書の方に良く登場する『我が相棒K』(このブログではまだ登場していませんね。E小のランチルームで一緒に働いた仲間です)は、いつも文句たらたらでした。
「投票したいけど選挙人登録がめんどくさい」
 それでもあの2000年の大統領選挙(ブッシュとゴアの大接戦というか泥試合)の時、「I'm Gore Person!!」(私はゴア支持なのよ)と堂々と宣言して投票に行きました。アメリカ人は自分の支持政党をはっきり口にします。選挙人登録の時、支持政党を書き込まなければならないこともあるでしょう。低所得層のKは『金持ちで親の七光りのお坊ちゃま』を毛嫌いしていました。あの頃のコロラドは共和党が強かったので、「みんな何もわかっちゃいない!」といつも憤慨していましたっけね。オバマでは2回とも民主党が勝ちましたから、さぞかしKもよろこんでいることでしょう。

 今回の選挙について、ちょっと地理的に見てみましょう。


 これらの地図を見ると、今度の選挙の特色がよくわかります。
左側いちばん上の地図
勝利した州の数はオバマ26、ロムニー24(フロリダはまだ決まってない)で2州違い。獲得選挙人はオバマ303、ロムニー206で97人も違います。どうしてこんなに違うかというと
左側の3番目の地図で緑の濃いところ(西海岸と東海岸)を見てください。
緑が濃いのは人口の多いところですが、そこはすなわち選挙人の多い州です。ロムニーのとった州で選挙人の多いのはテキサスくらいで、あとはカリフォルニア、ニューヨークなど、ことごとくオバマがとりました。
右側の三つの地図
一番上はカウンティごとの投票結果。コロラドは州としては青(民主党)が勝ち、選挙人(9人)を獲得しましたが、州の東側やロッキー山脈側は赤くなっています。コロラドの中でも比較的人口が多い地域で民主党が強かったわけで、決して州全体が民主党というわけではないのです。真ん中はヒスパニックの分布です。コロラド、ニューメキシコ、見事にヒスパニックの多いところ(赤〜オレンジ)が、上の地図の青いところ(民主党)と重なります。一番下は黒人の分布ミシシッピ川沿いの濃い緑色の地域(黒人が多いところ)も、みごとにいちばん上の地図の青と重なります。

 オバマの勝利には、ヒスパニック(出口調査ではヒスパニック有権者の71%がオバマ、ロムニーは27%)、若者、女性の力が大きかったといわれています。Bさん、Cさんは、まさにこの3条件をすべて揃えています。アメリカに住み続けるために苦労の大きかったG家にとっては、オバマが出した「30才未満の不法滞在者に対する救済策」が、心に大きく響いたのかもしれません。


2012年10月25日木曜日

給食にあれが・・・日本でもね!

公立学校のランチの現場にファストフードがこれほど食い込んでいるとは・・・日本の学校給食しか知らなかった私は本当にびっくりした(P180)


E小カフェテリアの配膳カウンター(野菜が見える!)

 本書の中で一番読破(?)率が高いのは、第4章のスクールランチらしい。小学校の教員をしている友人は「他は(厚すぎるから)まだだけど、ランチの所だけ(?)一気に読んだよ」

 本書に書いたように、あの頃、アメリカの学校の食の現場は、『(子どもの食生活としては)信じらんな〜〜い』ことの連続だった。メニューの貧弱さ、油脂、砂糖、塩分の氾濫、悲惨な残飯バケツ、使い捨てフォークやスプーン・・・中でも一番驚いたのが、M中、H高でのファストフード出張販売(毎日)、E小での週1回ピザランチ(PJPizza)だった。
「これでいいんかい?日本じゃこんなこと(学校給食にファストフード)絶対やらんぞ!!」ちょっとだけ日本の学校給食を誇りに思ったりしていた。

 ところが、これは完全に私の認識(というか情報)不足だった。最近になって本書を手にした友人から、貴重な情報が送られてきた。実はその人は、世界に冠たるファストフード会社のベテラン社員(店長経験者)である。内部事情は知り尽くしている。私があらかじめ、ファストフードについて触れている部分に付箋をつけておいたら、
「何はともあれ、そこには目を通しました。反論ではないけど、こういうこともあるので知っておいてくださいね」
仕事に対する情熱と愛情が溢れるメールが届いた。本当にありがたいことです。もつべきは良き友ですね!!
 
 その人がある店の店長をしていた頃、その店では近所の幼稚園に10年以上、週1回、ランチ(給食)を配達していた。さすが世界を席巻するファストフードカンパニー!!日本でも、ちゃんと(?)やっていたんですねえ。とは言っても、これは企業戦略ではなく、幼稚園と保護者の方から要請があり、始まったということだ。どうしてそのような希望が出たかは聞いてないが、これはもう時代の流れかなと思う。10年以上続いたというから、本当に根強い人気があったようだ。ただし、企業としては“採算には目をつぶる”という状況で、無条件にWelcomeの仕事ではなかったんだとか。
 う〜む小、中、高校ではなくて幼稚園かあ。確かに公立学校ではなく、私立幼稚園、しかも普段からケータリング給食(自校調理でなく)なら、問題なくできそうだ。きっと子どもたちは大好きだろうから、大喜びでよく食べたのではなかろうか。でも週1回というのは、私の感覚では多い感じがする。ちょっと調べてみたら、週1回ではなく、月1回とかイベント給食としてというのなら、結構やってる幼稚園があるようだ。これなら、たまには目先が変わって楽しいことだろう。

 その幼稚園給食には後日談がある。ある年の3月、アルバイト希望者が多数その店を訪れた。友人店長は、なんで募集もかけてないのに来るんだろうといぶかった。なんとその応募者たちは、幼稚園で毎週1回あれを食べていた子どもたちとそのお母さんたちだったのだ。子どもたちは、高校に入学してアルバイトができるようになると、いの一番にその店にやってきた。
「幼稚園の時、きびきび働くおにいさん、おねえさんを見て憧れ、絶対に自分も店員になりたいと思っていた」
加えてお母さんたちも
「子どもが大きくなってアルバイトができるようになったら、絶対にあそこでやりたいと思っていた」
この人たちは、仕事へのモチベーションが非常に高く、たいへん優秀な働き手となり、その年、その店がチェーンの中の優秀店舗に選ばれる原動力になったそうだ。

 友人店長は、メールにこう書いてきた。
商売一辺倒でなく、地域に根ざした店づくりをするとこんな事が起きるんだな~と考えさせられました。郊外型の店舗では地域密着型の店舗運営が、どれだけ大事で将来役に立つか・・・」

 本書の中にも書いたが、私は何でもかんでもファストフード断固反対派ではない。食べるときは結構楽しんでいるし、便利な存在として利用している。渡米前は、すぐそばの大学構内にその店があったので(そう言えば、ここでも学校現場に進出しているなあ)、近所の子どもをたくさん引き連れて食べに行った。なんせ田舎なので、それくらいしか楽しみがなかったのだ。大学に出店した店が、地域の子どもにも楽しみを与えてくれた。
 とにかく、上手に利用しよう!!食べ『過ぎ』は絶対禁物です!!!



2012年9月3日月曜日

ヤングマザー奮闘中!!

4年前,私は目を疑った.突然舞い込んできた一通のメール.そのタイトルは
わたしのあかちゃん!!(原文はスペイン語)」
本文は無く写真が数枚. どれも生まれたばかりのあかちゃんの愛くるしい顔が写っている.あの「あかちゃん」が,この(2012年)夏から幼稚園(Pre-school)に通うという.

仕事中のCさん
本書の中心登場人物であるG家3人兄妹.10年の時を経てそれぞれに成長した.お調子者で楽観主義,かなりテキトーでいいかげんだったW君.おきゃんでおしゃべりでちゃっかりしていたBさん.ふたりは紆余曲折はあったが,今は着実に自分の道を歩んでいる.しかし,あの頃一番堅実で思索的だったCさんが,その後こういう道を歩むことになるとは・・・

Cさんはうちの末っ子と同級生である.ということは、あのメールをもらったときはまだ17〜18才.一方が大学受験に向けてヒーヒー言ってるときに、かたや「あかちゃん誕生!!」.このたびはその顛末をじっくり聞かせてもらおうじゃないの!!

夜遊び(本ブログ第2話)の翌日、私はG家を訪ねた.いくらノックしても誰もドアを開けてくれない.全員爆睡中のご様子だ.何度目かのトライでようやくドアを開けてくれたのは小さな男の子.誰の子だ!不用心だぞ!(実際、アメリカで生活するのなら、こんなことはしない方が良い).文句を言いそうになったその瞬間,はたと思い当たった.
「Are you C's son?」
かすかにうなずいた.どうやら英語よりスペイン語の方がいいらしい.

Cさんと息子とその若き父親は,近くのアパートに住んでいる.しかし実際はほとんどG家に入り浸りだ.一緒にランチを食べている時も,子どもの世話はG家のお母さんに任せっぱなしである.若き父親は客(私)に遠慮したのか,テレビを見ていてランチに合流せず,子どもも全く近寄ろうとしない.肝心のCさんは、息子にも"ダンナ"にもつれなくそっけない.正直言って私は「これってどうなのよ?」と居心地が悪かった.もう4才になるのに,あまりに若くして母親になったCさんは,まだ現実を受け止め切れてないのかなあ・・・しかも,W君も“ダンナ”に対してえらく冷たい.まあ,かわいい妹に手を出したヤツに愛想良くしろと言っても無理な話なんだろうけれど.

「初めて妊娠を告げられたときどう思った?」
私はG家のお父さんに単刀直入に聞いてみた.
「そりゃびっくりしたし許せなかったよ.しばらく怒りがおさまらなかった.正直言えば今でも怒っている(苦笑)」
おかあさんも
「子どもが信用できなくなったね」
そうだよねえ.親としては「まだ高校生でしょ!!どうするつもり?」となるだろう.ましてや敬虔なカトリックファミリーでもある.それでも御両親は、最大限子育てを助けている.というか実際はほとんどG家母さんが育てているようなものだ.そしてG家には今でもW君,Bさん,Dさん(あの頃赤ちゃんだったG家の末っ子)が一緒に住んでいる.Bさんのフィアンセもしょっちゅう来る。だれもが交代でC息子の面倒をみる.メキシコ人大ファミリーにとっては,子育てはみんなでするのが当たり前だから,その点は恵まれている(頼れるから母親の自覚を目覚めさせないとも言えるのだが・・・).
「とにかく正式に結婚してないし,すべてきちんとするまで絶対次を産んではダメ!」
お母さんは娘にきつーいお灸をすえたそうだ.

「ところでお産はどうだった?」
「そりゃ痛かった!!」
「え!?麻酔使わなかったの?アメリカではみんな使うのかと思った」
「そんなことないよ!私は無しで耐えたんだから!!!褒めてくれる?ねえ(うちの)3人の時はどうだったの?」
「そりゃ〜たいへんだったよ.それぞれ全然違うんだから〜〜」
あれま,Cさんとこんな話で盛り上がるとは夢思わなかった.経験者ならおわかりになると思うが、お産の痛みの連帯感は強い!!言葉の壁なんて関係ない.Bさんもつられて興奮気味だ.
「あたし、ずっと一緒にいたんだけど、赤ちゃんが出てくるとき、感動して泣いちゃった!」
Bさんが立ち会いというのも大胆なもんだ.日本なら「(未経験者には)産みの苦しみはまだ見せなくてもいい」なんて言いそうだけど・・・感動して泣くというのは、これは素直なBさんらしい.W君も病院で見守ったというが、どの瞬間までいっしょにいたのだろう?メキシコ人ファミリーの絆が強いのはいいが、これじゃパートナーの出番は無さそうだ.G家の婿さんの立場というのは,(家族の仲が良すぎて)気苦労が多いだろうなあと同情してしまった.ただし残念ながら、あれから二人の間には大波風が立ったらしく、彼は正規の婿さんにはなれそうもない.

どういうわけか、Cさんと我が家の末っ子のE小時代のクラスメートには、ヤングマザーが多い.今回わかっただけであと3人はいる(みんなシングルマザー).ハイスクール時代にいろいろなことが思うようにいかず・・・そんなこんなで類は友を呼んだ(?)らしい.ちなみにBさんの友達にはまだヤングマザーはいないとのことだ.

お産の話はもりあがったが、私はG家を後にしてから、気持ちがもやもやしていた.子どもへだけでなく、Cさんの態度、雰囲気全般がとても気がかりだった。はっきり言うと「なげやり」という言葉がぴったりだった.お化粧、アクセサリー,ヘヤースタイルなども含めて、自分の娘がああだったらどやしつけているところだ.


そんな気持ちを抱いていたが,後日,末っ子と一緒にCさんの働くスーパーW(W君とは違う店)へ行ってみた.私たちが欲しかったものを従業員価格でサービスしてあげると約束してくれたからだ.お店に行って本当に良かった!!Cさんは髪の毛をきっちりと束ね、あの「投げやり」な雰囲気が嘘のようにてきぱきと働いていた.パートナーとの関係も微妙だし、しばらく子どもは母親任せになっちゃうけど、今はとにかく独り立ちするために働かなくちゃ!!と言う.どうにかして自分と子どもの道を切り開こうと,手探りだけど必死ということのようだ.そういう気持ちになってるから、みんなが助けてくれるのだろう.母親になるのはかなり早過ぎたけど,何せまだ若い!!何事もこれからさ,Cさん!!